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ジャマイカの歴史を辿る!レゲエとラスタファリの関係性!前編

今もなお、

全世界で愛され続けている音楽、

レゲエ・ミュージック。

ジャマイカ 国旗 [ ミニフラッグ ポール 吸盤付き 高級テトロン製 ]
 

ジャマイカで生まれた音楽として有名ですが、

一体どういった経緯で、

レゲエ・ミュージックが

生まれたかをあなたは知っていますか?

 

今回は、

意外と知られていない、

レゲエ・ミュージックの

誕生の経緯をご紹介!

 

ジャマイカの歴史と共に、

振り返ってみましょう!

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ジャマイカの歴史その①

イギリスからの解放宣言

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画像参照元:http://urx3.nu/oJdB

 

ジャマイカの歴史は、

1962年にイギリスの統治が終わり、

独立宣言をしたところから始まります。

 

意外にもジャマイカはまだ、

独立を果たしてから50年余りしか

経っていないんです。

 

イギリス統治時代でも、

元々音楽が盛んだったジャマイカ。

 

先住民たちが、

イギリスからやってきた白人達に、

奴隷同然に扱われていた頃、

白人達に分からないように、

音楽を通して先住民達で

コミュニケーションを

とっていた頃の名残だと言われています。

 

さて、そんなジャマイカですが、

1962年に、念願の独立を果たし、

国内はお祭り騒ぎ。

 

そんな中、

ジャマイカ独自の音楽、

「スカ」

が大ヒットします。

 

ジャマイカ独立に

喜ぶ人たちの、

嬉しさが伝わってくる音楽です。

 



 



 



 

 

裏打ちがとても特徴的な音楽で、

当時のジャマイカでは、

国中がこの、

スカを聞いて踊っていたそうです。

 

そして、

3曲目に貼り付けてある、

Millie Smallの

「My Boy Lollipop」

が1964年に全世界で記録的ヒット!

 

さらにスカの熱は加熱していきます!

 

しかし、

爆発的人気を誇ったスカですが、

その人気もあまり長くは

続きませんでした。

 

1966年頃になると、

その激しすぎるスカの音楽に、

国民が飽き飽きしてきました。

 

そこで、スカの激しい

裏打ちのリズムを

あえて遅くする事で、

裏打ちを残しながらも、

ゆっくりと落ち着いた音楽を

ジャマイカ人は発明するのです。

 

その名も

「ロックステディイ」

 

このロックステディイですが、

先ほど、スカの激しい音楽に、

国民が飽き飽きしたから

誕生した。

と、説明しました。

 

ただ、その誕生には諸説あり、

どれが正解かは、

あまり良く分かっていません。

 

まぁその適当な感じも、

またジャマイカっぽくて良いですね(笑)

 

さあ、このロックステディイ、

実は、この音楽が、

レゲエの礎になっている。

と、されています。

 

このロックステディイは、

今もなお、ジャマイカ国民に

愛される音楽になっており、

国内外を問わず、

幅広い人気なんです。

 



 



 



 

スカ独特の裏打ちを残しながらも、

落ち着いた曲調で、

聞くだけでなんだか癒されますね。

 

僕自身、

ロックステディイの音楽は

かなり大好きです。

 

しかし、

そんなロックステディイにも、

終わりがやってきます。

と、同時に、

今もなお全世界で愛される音楽、

レゲエ・ミュージックが

誕生していくのです。

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ジャマイカの歴史その②

ラスタファリ運動

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画像参照元:http://urx3.nu/oJdE

 

さあ、ロックステディイから、

時代はレゲエ・ミュージックに

移行していく訳ですが、

 

その前に、

ジャマイカが生んだ宗教、

ラスタファリ運動

について、

ご説明したいと思います。

 

レゲエの誕生には、

このラスタファリ運動は

欠かせない存在なんです。

 
レゲエ誕生のきっかけその①

ラスタの存在

 

1960年代後半から、

1970年代初頭にかけて、

ジャマイカ国内で、

 

ラスタファリ運動

という宗教が流行りだします。

 

ラスタファリ運動とは、

1910年にマーカス・ガーベイと呼ばれる

ジャマイカ人が、

アフリカの王に黒人が即位される時、

真に黒人達は奴隷から解放されるであろう。

と、予言した事から、

始まったとされています。

 

そして、1930年、

マーカス・ガーベイの

予言は現実のものとなり、

アフリカのエチオピア皇帝に、

黒人であった、

「ハイレ・セラシエ一世」

即位されるのです。

 

この事に歓喜したジャマイカ人達は、

前述のマーカス・ガーベイの

予言に妄信し、

黒人の真の意味での解放を目指すため、

ラスタファリ運動を開始するのです。

 

しかし、

当時ジャマイカにおいて、

ラスタを信仰する人々は、

人口のほんの数パーセントにしか

満たない数でした。

 

そんなラスタ信仰を

一気に過熱させる出来事が起こるのです。

 

なんと、ハイレ・セラシエ一世が

ジャマイカに来訪したのです。

 

ラスタにおいて、

黒人解放のきっかけを与えてくれた、

ハイレ・セラシエ一世は

まさに神様。

 

キリスト教でいう、

キリスト的存在なのです。

 

そんな神様が、

自らの国へ訪れるなんて、

もう信じられない出来事ですよね?

 

この、ハイレ・セラシエ一世の来訪により、

ラスタファリ運動はさらに過熱を迎えます。

 

そして、たった一つの宗教が、

ジャマイカの歴史を大きく変えていくのです。

 

 

少し長くなりましたので、

続きは後半にて!

 

まとめ

 

ジャマイカ解放から、

ラスタファリ運動の開始までを

ご紹介しました。

 

後半では、

既にジャマイカ国内で、

かなり流行っていた音楽、

ロックステディイと、

ラスタファリ運動が交わっていくさま、

 

そして、

レゲエの神様、ボブ・マーリーと

レゲエの関係について

ご紹介していきたいと思います!

 

ジャマイカの歴史を辿る!レゲエとラスタファリの関係性!後編

 

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